大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(を)3741号 判決

控訴人 被告人 水戸岩雄

弁護人 大島正恒

検察官 小泉輝三朗関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人大島正恒の控訴趣意は別紙のとおりであつてこれに対し次のとおり判断する。

論旨第一点について

訴因とは法律的に構成せられた特定の犯罪事実をいうわけであるから、訴因の同一性は結局その法律的構成と社会現象としての行為の同一性とに帰するわけである。而して一般に社会現象を特定するのに日時、場所及び方法を以て綜合的に説明した場合、その説明中の或る事項について変更を加えたとしても、これを以てすべて直ちにその対象そのものが変更されたものと解すべきものでないことは言うまでもないことであつて、これを対象そのものの変更と見るか或いは同一対象に対する単なる説明上の補正に過ぎないものと見るかは一に社会通念によつて決められねばならないわけである。従つて訴因についての変更の有無も亦この規準によつてのみこれを判断すべきものであることは明白である。

記録によるに、本件起訴状の第一事実は「被告人は昭和二二年四月一八日東京都台東区上野桜木町合資会社勝村組に於て佐藤徹夫に対し並厚透明A印一、七粍以上二粍以下の板硝子三〇箱をその指定卸売業者統制額一箱当五〇六円三〇銭より超過せる代金一八万円にて販売した」というのであるが、被告人はこれに対し原審冐頭において「右販売の相手方が佐藤徹夫とあるのは勝村組の誤である」と述べ次で証人佐藤徹夫も亦、原審において右取引は同人個人としてなしたわけではなく合資会社勝村組資材部長として同組のためなしたものであると述べたため、その後検察官はこれに応じ原審に促されて右相手方を被告人の自認どおりに訂正し原審はこれについて被告人及び弁護人に別に異議がないことを確めた上原判決においては右相手方を右勝村組と認定したものであることが認められる。

よつて、右の訴因と判決認定事実との間の差違について検討するのに、その日時、場所及び取引物件価格、事実上の当事者はすべて同一であつて、その変更せられたのは単に右事実上の当事者である佐藤徹夫が個人としてこれに当つたか又は右合資会社の資材部長としてこれに当つたかの点だけに過ぎないことが分明である。従つてこれを社会通念に照らすときはその示されている行為は当初から一個のものであつて実質的に何の変更もあつたわけではなく、たゞその具体性を説明する事項に関する補正が行われたにとどまるものと解することができる。それ故に、本件については所論のように訴因の変更は認められないわけであり、又もとより所論のように原審が審判の請求を受けない事件について判決をしたわけのものでもないわけである。しかも、右の補正は前述のとおりの経緯によつてなされたものであるから、これによつて被告人の防禦権の行使は少しも妨げられたわけではなく、従つて原審の訴訟手続にはこの点についての違法も亦全く認めることができない。論旨は理由がない。

同第二点について

本件起訴の第一事実は前記のとおりであつて、これに対し原判決が右硝子のA印とあるのをA印であるか無印であるかの別は不明と記した上これに高価であるA印の統制額を適用していることは所論のとおりである。しかし、右原判決の記載は正確を期して却つて幾分不明瞭に陷つた嫌がなくはないが、その意味をよく考えれば原審はとりもなおさず疑わしきを被告人の利益に解する原則に従いA印と無印との二種以外にない本件板硝子中被告人に有利なA印を販売したものとして事実を認めこれにその統制額を適用したものであることが分かる。従つて原判決は結局この点において何も起訴状の記載を変更したものではない。又仮りに所論のように何かの変更がなされたとしてもそれは畢竟前述の訴因の具体的説明の補正の範囲を出ないものであるから訴因そのものの変更ではなく又記録によつてもこれによつて防禦権の行使を妨げたような事由は少しも発見することができないものであるから、論旨は結局理由がない。

同第三点について

原審において鑑定人中村政夫が所論採用のとおりの供述をしていることは記録上明らかである。しかし同人の右供述を爾余の部分と共に仔細に検討すれば、同人の意見は結局正当な業界の伝統を重んずる趣旨を多分に含むものであつて、これがため別の観点から反対の認定をなすことを妨げるものではないことを理解することができる。原審は同人の供述を被告人の本件硝子の仕入及び販売の態様、その数量、建値、及び当該価格指定告示の建値方式其の他の関係各項にあらわれた同告示に所謂卸売業者の性格等と併せて考量し一般社会通念に照らして被告人の行為を卸売業者の行為と認めたわけであつて、右認定は少しも不当ではない。従つて原審には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同第四点について

本件告示は昭和二五年物価庁告示五六号によつて廃止せられたものであるが、かゝる場合が刑訴法三八三条二号に当らないことについては曩に最高裁判所が昭和二三年九八〇〇号事件において示しているとおりである。従つて論旨前段は理由がない。なお論旨後段については次に判断する。

同第五点について

前論旨後段及び本論旨に挙げられた諸点を十分に考量した上記録にもとずいて本件犯行その他諸般の事情を検討して見るのに、原審の量刑上の措置は所論にもかゝわらずこれを過重のものとは認めることができない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条に則り主文のとおりに判決する。

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

弁護人大島正恒の控訴趣意

一、原判決は起訴状に記載せられたる事実の変更を認めて判決したるも右は刑事訴訟法第二百五十六条に反する違法があるのである。即ち、検察官の起訴状に依る時は「上野桜木町合資会社勝村組に於て佐藤徹夫に対し」とあるも判決には「上野桜木町合資会社勝村組において同組に対し」と訂正記載せられあるのである。之れは佐藤徹夫に対する証人調の結果同人の供述に依り検察官が中途公判廷に於て起訴事実を変更したのである。然れども刑事訴訟法第二百五十六条には明らかに公訴の提起は起訴状を提出してこれをしなければならない。又公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならない。とありて起訴事実の特定は起訴の必要条件である。故に中途に於て其起訴事実を被告人の不利益に変更をなす事は仮りに被告人が異議を述べざりし場合と雖も許さるべきものではないのである。若し之れを許さるべきものとすれば検察官は不正確の事実に基き起訴をなし公判に於て証拠調の結果其の証拠に合する様起訴事実を変更する事となり殆ど証拠調の効果が検察官の一方的利益となるの結果となるからである。故に刑事訴訟法第三百七十八条第三号に依り控訴の理由となるのである。

二、又原判決は其判決理由に於て「第一、並厚透明一、七粍乃至二粍以下(A印であるか無印であるかの別は不明)の板硝子三十箱をその(高価であるA印の)卸売業者販売額」と記載しあるも検察官の起訴状に依る時は「並厚透明A印一、七粍以上二粍以下の板硝子三十箱」と記載せられあり検察官の起訴事実を判決に於て勝手に変更した違法があるのである。即ち公判に於てはA印なりや無印なりやが問題となり証人尋問及鑑定人の尋問及被告人本人の尋問の結果、結局A印なりや無印なりや判明せず然かもA印と無印とは価格の相違ある事も明らかとなり起訴事実を立証する事能はざりしを以て判決に於て起訴事実を変更して記載したのである。而して此の点に付ては検察官も判決記載の如く起訴事実を変更して居ないのである。以上の事実は記録全体を調査する時は明らかである。故に之れ又刑事訴訟法第二百七十八条第三号に依り控訴の理由となるのである。

三、原判決は卸売業者販売額の統制額を超過して販売しと判示したるも第七回公判調書中鑑定人中村政夫の供述に依る時は「製造業者と直結していたのが二百二、三十軒で通称それを卸売業者と言い、それ以外は普通小売業者と言つています。ブローカーはどちらに入るべきものか、常識的には小売業者と考えています」とありて被告人は若し業者の区別をなす時は小売業者の範囲に入るべきものと思はるゝのである。之れは被告人は硝子販売業者にあらず偶々旅行先にて只一回だけ買受けたるものを当時勝村組が進駐軍の工事に硝子が不足し居り懇請せられて殆ど利益なく販売したものであつて卸売業者ではないのである。此の事は証人佐藤徹夫及被告人本人の供述に依り明らかである。然かも卸売値段と小売値段とは其超過額に相違あるを以て結局判決に影響を及ぼすべき事実の誤認である。

四、板硝子に対する統制は本件第一審判決後全部廃止せられたのである(昭和二十五年四月二十八日経済安定本部訓令第二十一号を以て割当統制廃止。昭和二十五年五月六日通産省令経済安定本部令第九号を以て公定価格廃止)故に法律の廃止に依り本件公訴は棄却せらるべきものである。仮りに然らずとするも刑の量定に考慮を加うべき一条件となるのである、故に刑事訴訟法第三百八十三条第二号に依り控訴審に於て更に審理すべきものである。

五、原判決は物価統制令第三十三条及第三十六条に依り本件科刑に付懲役刑と罰金刑とを併科したるも第三十三条に依る時は原則として選択刑である。然るに第三十六条に依り情状により併科する事を得と規定しあり此の規定の精神より情状重きものに対して併科し得るものと解するを至当と信ずる。然るに本件犯行は只一回行われたるのみにて然かも勝村組に於て当時進駐軍の工事に硝子がなく困り居る際懇願せられて利益も殆どなく分与したるものにて情状は最も軽きものである。故に刑を併科したるは違法である。殊に判決後板硝子の統制は廃止せられたるを以て此の点に於ても少くとも刑の量定に付ては考慮せらるべきものであるから情状により併科すべきものではないのである。又物価統制令第一条に依る時は「本令は終戦後の事態に対処し物価の安定を確保し以て社会経済秩序を維持し国民生活の安定を図るを目的とす」とありて同条は主として常に継続して物価の安定を破り之れに依りて利益を得るを業とする行為をなすものを取締る事を目的としたるものと言うべく偶々一回之れを行いたりと言うが如きものを主たる対象としたるものにあらずと言う事を得べく此意味に於て斯かる情状の軽きものは本来の刑たる選択刑を科すべきものにして併科刑となすべきものではないのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例